企画展  史料は語る・福岡県の近世〜近代    ―福岡県史編さん25年の歩み―

 2007年1月23日〜28日、福岡市総合図書館で開催した企画展、ならびに記念講演会(同23日・27日)は、おかげさまで盛況の内に終了することができました。ご支援・ご協力を賜りました皆様方に心よりお礼申し上げます。企画展の概要をご紹介します。

秀村選三初代所長(左)と永江眞夫現所長(右)


史料展の目的
 「県史」や「市町村史」は、いったいどのようにして編さんされているのか、また編さんするためにどのような史料が収集されているのか、一般にはあまり知られていないようです。1980(昭和55)年にスタートした「福岡県史編さん事業」は、2002(平成14)年までに66巻の史料編、研究編、民俗編、通史編を刊行してきました。現在は、収集した史料の保存・整理事業を行っており、整理が終了したものから順に目録を(財)西日本文化協会 地域史研究所のWebサイトに公開しています。
 このような県史編さんの姿を県民の皆様に少しでも知っていただくために、この史料展を企画しました。

 会場は以下のようなコーナーに分けて展示を行いました。
(1)県史編さんの歩み 福岡県史編さんの年譜
(2)史料調査と修復
(3)櫨蝋製造業者熊谷家の史料
(4)絵図・鳥瞰図、絵葉書の世界
(5)八幡製鉄所 戦前の労働組合関係史料
(6)三池郡選出の政友会代議士野田卯太郎と永江純一関係史料
(7)昭和初期の篤農家安高団兵衛家の史料
(8)近世の古文書
  (福岡の商家・松村家の史料、その他「筑前国続風土記附録」「宗門人別改帳」「質物奉公証文」など)
(9)「福岡県地理全誌」・ホームページコーナー

展示史料
 展示した史料について、簡単にご紹介しましょう。

(2)史料調査と修復

 『福岡県史』の編さんには膨大な史料が必要です。このために史料の所在調査を行い、史料を所蔵している個人宅や各関係機関で、必要なものをマイクロフィルム撮影します。これを焼き付けて製本し、県史編さんのために活用しています。

「史料の修復」
 紙は年代を経ることにより、酸性化していきます。酸性劣化が進行すると硬くなり、亀裂が入り、粉状に砕けてしまいます。こうした酸性化を食い止めるために、史料の記録素材に合わせて、脱酸(中和)処理を施し、修復を行い、利用できる状態にします。
 修復の4原則
 @原形保存の原則・・・史料の原形をできる限り変更しない
 A安 全 性 の原則・・・史料に対して影響が少なく、長期的に安定した非破壊的な方法であること
 B可 逆 性 の原則・・・必要に応じてもとの状態に戻せること
 C記   録 の原則・・・修復前の原形および処置内容などを記録に残すこと

(3)櫨蝋製造業者熊谷家の史料

熊谷家(朝倉郡杷 木町、現・朝倉市)は、幕末からの櫨蝋製造業を中心に酒造・藍玉製造などを営んだ地主兼商家。近代に入ると郡会議員や県会議員を務めるとともに、炭鉱や鉄道への出資、銀行経営なども行っています。熊谷家の史料は、福岡県地域史研究所の収集史料のなかでも最大のものの一つで、19世紀初頭から20世紀初頭にかけての連年の分厚い帳簿は圧巻です。土地関係証文や櫨蝋売買の仕切書類も大量にあり、その他経営関係の史料も豊富に残されています。本展では、これら大量の帳簿類のうち「櫨掛受取帳」「櫨基仕入帳」「生蝋勘定帳」「金銀出入帳」「酒造基帳」「諸方万出入帳」(写真・右)など、ほんの一部を展示しました。
 また、史料中に福岡藩の船印があります。これは熊谷家が櫨蝋を大坂へ輸送する際、藩の船として輸送するためのものであろうと思われます(船印にみえる「七十八」は熊谷家へ与えられた番号かは不明)。 

(4)絵図・鳥瞰図、絵葉書の世界

 絵図・鳥瞰図、絵葉書コーナーでは「長崎道中記」(写真一部・右下)、「筑前国沿岸絵図」など極彩色の幕末の絵図、また赤間の御茶屋や藩の学問所(修猷館)の間取り図など他ではみることのできない図面、その他、福岡で行われた大正5年の陸軍大演習などの絵葉書を展示しました。学問所は福岡城上ノ橋のたもと、お堀端にありました。もと大名町に属し、現在は福岡市赤坂1丁目。三井住友海上社屋の植え込みのなかに「東学問所跡 修猷館跡」の記念碑があります。
 また、吉田初三郎(1884〜1955)による大正・昭和戦前期の県内主要都市の鳥瞰図(「福岡市並近郊名所交通図絵」「福岡市鳥瞰図」「小倉市交通名所図絵」「八幡市鳥瞰図」など)を展示しました。初三郎は鳥瞰図の量産で知られ、日本全国各地の風景が膨大な作品群として残されています(千種類を超えるといわれる)。大正・昭和期の観光ブームが初三郎のパノラマ風に描く独特な手法によるカラフルな鳥瞰図の人気に拍車をかけたのです。

(5)八幡製鉄所 戦前の労働組合関係史料

 戦前の八幡製鉄所で一勢力を誇り、さらに日本の労働運動の一翼を担った同志会の史料を展示しました。同志会は1920(大正9)年2月、八幡製鉄所に結成された労働組合。1933(昭和8)年8月に解散するまで製鉄所の労働者を組織し、運動をリードしました。この間、同志会は製鉄所内で研究会(略称)と並ぶ勢力を誇り、労働者の生活を改善する運動などに取り組みます。またライバルであった研究会とともに無産政党(社会主義政党)を結党、その時の史料もあわせて展示しました。その他、大会の様子、労働代表として幹部がヨーロッパへ渡った際の写真なども展示しました。
 なお、同志会の機関誌『労働乃九州』及び『東洋タイムス』はそれぞれ『福岡県史 近代史料編 労働乃九州』(1)〜(2)『福岡県史 近代史料編 東洋タイムス』(1)〜(4)として一部を復刊、刊行しています。また、福岡県の社会運動については『福岡県史 通史編近代 社会運動』(1)を刊行しています。

(6)三池郡選出の政友会代議士野田卯太郎と永江純一関係史料

 明治・大正期に政治家・実業家として活躍した野田卯太郎(1853〜1927)と永江純一(1853〜1917)の関係史料を展示しました。野田は自由党、政友会系の政治家で、自由民権運動を経て、県会議員、衆議院議員となります。政友会では幹事長、副総裁の要職に就き、閣僚として逓信大臣、商工大臣を歴任。同じく永江も自由民権運動を経て、県会議員、衆議院議員となり、政友会幹事長をつとめます。本展では、自由民権運動の関係史料として「公同社有明会日誌」「柳河改進党盟約書」などを展示しました。その他、原敬から野田卯太郎宛書簡、団琢磨、益田孝、徳富猪一郎(蘇峰)から永江純一宛書簡など、有名な政財界人からの書簡をパネルにして展示しました。
 また、野田・永江とも三池銀行、三池土木、三池紡績(後に九州紡績となり、その後鐘淵紡績に合併)の設立に参加し、頭取、取締役、社長などとして経営に手腕を振るいます。本展では二人の「日記」や「備忘録」とともに「三池土木会社創立書類」「三池紡績会社創立関係書類」など企業経営に関する史料も展示しました。
 なお、永江文書のうち主たるものは『福岡県史 近代史料編 自由民権運動』『福岡県史 近代史料編 綿糸紡績業』に収録しています。

(7)昭和初期の篤農家安高団兵衛家の史料

 明治から昭和前後にかけて生きた、遠賀郡芦屋町の篤農家である安高団兵衛(1896〜1966)の関係史料を展示しました。安高文書は、団兵衛が自ら記録したもの、本人が収集・保存したものから成り、現在も整理を継続しています。団兵衛は戦前から篤農家としてたびたび表彰され、新聞、雑誌などで広く紹介されていました。また、団兵衛はさまざまな団体の役員をつとめており、社会的な活動にも労を惜しまない人でした。
 団兵衛はこれら活動全般にわたる詳細な記録を残しています。記録は農業から日常生活にわたりあらゆる活動に及んでいます。とりわけ、13歳からつけはじめた日記をはじめ農作物、下肥汲み取り、風向、天候、さらには就寝時間などの統計記録を残しており、その記録の数々には圧倒されます。本展では、これら大量の記録のなかから、「家業日誌」「農業作物別耕作明細表」「農業経営大要」「八幡下肥及雑肥料採取統計表」「風方向別統計表」「晴曇雨雪統計表」「就寝時間累年統計表」「来文書綴」「発送文書綴」「金銭出納簿」などを展示しました。また、団兵衛の生活信条を著した私家版から文章や写真などを抜粋してパネルで展示しました。

(8)近世の古文書(福岡の商家・松村家の史料、その他

 近世の古文書では、一例として福岡の商家・松村家の史料を展示しました。松村家の屋号は楠屋。楠屋は享保以降、質屋、酒造、古手、呉服、木綿、米、味噌、醤油などを取り扱っていました。福岡藩への献金、御用金により幕末から明治初年にかけて町人家格上位3番目の大賀次となり、福岡でも有数の商人となります。松村家の史料には、享保以降の大福万覚帳、算用帳、店卸覚などがよく残されています。また、諸種の売買証文、借用証文、預り手形、口上覚、願書なども多く残されており、商品流通の実態を窺うことができます。本展では、「福岡紺屋町楠屋半平家内宗旨御改帳」「由緒書控」「借用証文之事」などを展示しました。なお、松村家の史料については、仮目録を『福岡県地域史研究』17・18・23号に、簡単な概要を『県史だより』123号の8頁に掲載しています。
 その他、近世社会に特徴的な史料として、山北村庄屋文書から「吉井大庄屋田代弥助組 生葉郡山北村宗門御改人別帳」「生葉郡山北村五歳以上人数御改之御帳」などの宗門人別改帳を、鎌田家文書から「大福段々田畠永代質取申帳」「我等倅茂助質ニ召置借用仕米之事」「私女房質ニ召置借用仕米之事」などの質物奉公証文を展示しました。また、「筑前国続風土記附録」(彩色)も展示しました。

(9)「福岡県地理全誌」

 「福岡県地理全誌」は、陸軍省の命令により旧福岡県(当時は小倉県と三潴県と福岡県に分かれていました)が、廃藩置県の翌年の明治5(1872)年に編集にとりかかり、他県に先がけて8年の歳月をかけて完成した地誌です。旧筑前国の町村について、下記の33項目が記載されています。ここに示された行政区分は江戸時代末そのままであり、旧福岡県の夜明けのころの町村の状況をこのように簡潔に概括した記録は他に見ることができません。浄書本は東京大学史料編纂所に、巻首の控本が北九州市立八幡図書館に所蔵されています。また、同書には各郡の極彩色の地図が別冊で付されています。
 なお、上記史料は『福岡県史 近代史料編 福岡県地理全誌』(1)〜(6)として影印復刻しています。 
※地理全誌記載項目
 総説 1戸口 2田圃 3租税 4山林 5橋梁 6池塘 7牛馬 8車輪 9礦山 10船舶 11区管 12学校 13駅逓 14郵便 15電線 16山岳 17渓澗 18岩石 19洞窟 20嶋嶼 21暗礁 22港湾 23架渠 24淵沼 25井泉 26瀑布 27神社 28仏寺 29古蹟 30勝地 31墳墓 32人物 33付記


記念講演会

 企画展の会期中、2度にわたり県史編さんに携わった所員による講演会を開催しました。多くの方々にご聴講いただきました。

第1回 2007年1月23日

福岡県史編さんの歩みと史料の保存
九州大学名誉教授 秀村選三
福岡県の地方政治家
-「演舌草稿」に見る明治前期の地方「政治青年」永江純一-

福岡大学教授 永江眞夫

第2回 2007年1月27日

福岡藩研究とその史料
  長崎大学教授 柴多一雄
年代記と地域史研究
    -「村用集」が語るもの-

久留米大学教授 江藤彰彦