農民運動(一)〜(三)

 戦前における福岡県の農民運動は、日本農民組合第一次分裂との関係、水平社運動との深い関わり、左派・右派・中間派のすべての系列の運動が存在したこと、さらに左派の拠点のひとつとしての全国農民組合福佐連合会の存在など、さまざまな点で興味深い。
 第一巻には、そのうち日農および1933年までの全農福佐連合会関係史料を収録した。史料源は、日農・全農総本部史料、旧協調会福岡出張所史料、伊東光次氏旧蔵史料(以上、いずれも法政大学大原社会問題研究所所蔵)、全農福佐連合全開係史料(同志社大学人文科学研究所所蔵)であり、これらの中の福岡県関係史料を網羅的に編年収録した。このような史料集は他に例がないと思われる。これらを通じて支部組織、争議、政治運動との関係など、運動の実態を明らかにすることがでさる。なお、解題は史料の書誌的情報をふまえながら、運動の通史的叙述にも配慮している。
 第二巻は、第一巻に引き続き、1938年までの全農福佐連合全開係史料を収録した。編集方針および史料源は第一巻と同様であるが、その後発見された木林善三郎文書から若干の史料を補った。この時期
は左派系の運動の後退局面であるが、同時に激しい争議が発生した時期でもある。またこの時期には、福佐連合会の総本部への復帰や、中間派県連との合同問題、戦時期における運動の再編成、福佐連合会の解散と西日本農民組合の設立等、重要でありながら未解明の多くの問題が存在する。本巻は単に福岡県における事例にとどまらず、広く日中戦争期における運動の実態、運動指導者の意識等を考えるうえで手がかりとなる素材を提供すると思われる。
 第三巻は、全国農民組合福岡県連合会、および日本農民組合九州同盟会の関係史料を収録した。全農福岡県連は、田原春次らを中心とする豊前地方の運動と、吉塚謙吉、野口彦一を中心とする筑後農民組合が合同して1932(昭和7)年10月に結成されたもので、福佐連合会に対抗する全農総本部派の県連である。また日農九州同盟会は稲富稜人を指導者に福岡県内に独自の勢力を保持した右派系と目された組織である。戦前期の福岡県における農民運動の最大の特色は、一、二巻所収の福佐連合会を含め、これら三系統の運動がそれぞれに組織的実体をもって運動を展開したところにあるが、本史料集の刊行に
よって、はじめてそのような運動の総体をとらえることが可能となった。本巻は主として法政大学大原社会問題研究所所蔵の全国農民組合関係文書と、同所所蔵の協調会福岡出張所関係史料を中心に構成し、吉塚謙吉文書等の史料で補った。
 なお、山本作馬関係文書等の新出文書によって、一、二巻末収録の初期日農関係史料を、補遺として第三巻に収録した。